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#02 出会い、良き友・良き先達

ファミリアの発展には、軌跡をたどるに欠かせない多くの恩人の姿がありました。
かけがえのないたくさんの方との出会いや協力、支えがありました。

坂野通夫(ばんの みちお)

1916年に誕生。1940年に坂野惇子と結婚します。1952年まで佐々木営業部(のちのレナウン)にて尾上清氏の下で力を発揮しました。ファミリアに入社し、ファミリア二代目社長になります。
社内では自ら先頭に立って精力的に会計・庶務・販売など、培ってきた知識を発揮し、企業を大きくするよりも、子どもたちのために良いものをつくり提供することを大切にされファミリアの発展に大きく貢献しました。

坂野通夫の言葉

社員は人格を。商品には品格を。店には風格を。
ファミリアは世の中になくてはならない企業、各自も会社になくてはならない存在を目指せ。

元田蓮(もとだ れん) 氏

神戸センター街にあった「モトヤ靴店」の店主で、戦前の惇子の実家である佐々木家に出入りしていた、腕のいい靴づくりの技術者。
惇子に手づくりのものをつくって販売することを薦め、創業者たちが神戸で仕事をするきっかけをつくりました。株式会社ファミリア創立の際に初代社長を務めましたが、1952年にシューズショップの本業があるため社長を辞任。その後も4年間ファミリアの取締役として、また亡くなる1962年まで監査役を務めました。

尾上清(おのえ きよし)氏

1911年に尾上設蔵氏の長男としてご誕生。佐々木営業部(のちのレナウン)で坂野惇子の父である佐々木八十八の右腕として活躍。レナウン理事長に就任した後も社の先頭に立ち社員を牽引されました。1947年には田村江つ子の手芸の先生でもある田中千代(田中千代学園創業者)デザイン・ルームを設立し、戦後初のファッションショーを開催し洋裁ブームの火付けとなりました。また、ファミリア創業のきっかけを作った人物で創業後もファミリア発展を支えてくださいました。

尾上清氏のお言葉

実業界の勝負は何できまるか、それは知識ではなく知恵である。知識は本を読んだり、聞いたりして輸入できるが、知恵は自分で作りだすものである。
その為には頭で考える。考えて行動する事によって知恵が蓄積されるのである。

清水雅(しみず まさし)氏

1901年にご誕生。1947年に阪急電鉄より分社独立した後の阪急百貨店初代社長で、1952年には阪急共栄物産社長、阪急百貨店会長、1966年に東宝会長、1968年に阪急電鉄会長と幅広いフィールドでご活躍されました。ファミリア創業当時、清水雅氏が夫人と神戸を散策していた際にふと目にとまったことがきっかけで1951年4月16日にファミリアの阪急百貨店での出店が決まりました。ファミリアの今日までの歴史を語るのに欠かせない恩人の1人です。

清水雅さんのお言葉

男ありて女を愛せり
女ありて男を愛せり
家庭平和の極致なり
ファミリアなる語は
ファミリー平和の象徴なり
ファミリア・グループの発展
せし理由かくの如し

大ヶ瀬久子(おおがせ ひさこ)

兵庫県神戸市の外国村で活躍された外国人専門のベビーナースで、坂野惇子に欧米の育児法を教えた方です。
惇子は大ヶ瀬先生に感銘を受け、先生から学んだ欧米の育児法がファミリアの基礎となっており、ベビーコンサルタントとしてファミリアを支えて下さいました。
ファミリアの誕生は大ヶ瀬先生なしでは語ることができない方です。

坂野惇子談

先生の育児法には、しっかりとした医学的根拠があり、合理的でしかも深い愛情の実際的な方法がプラスされています。
私は先生を数少ない日本国宝に値する方だと思っております。

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